えっ…そんな言い方アル?

2011.08.31.15:49

先日津からの帰り、駅に特急電車が到着し
指定の2号車に乗車した。
名古屋⇔難波間は、すべて座席指定です。

特急券には2号車65と記してあり、一番後部座席だった。
ところが、65と66の席には女性が座り仲良く喋っている。
私が横に立っても知らんふり…
特急券を見せて「ここ私の」と言いかけたら一人が私を
睨めつけ、もう一人が「えっここに座るの?」とキツイ
口調で言うのです。
私一瞬頭にきて「はい、座ります」とハッキリ言った。

私は動かなかった。二人とも50歳後半位かな?
しぶしぶ二人は立ち上がり…私はそれまで気付かなかったが
座席の後ろの空間にあるスーツケースを手にして
「この荷物有るからここに座ったのよ」と怒ったような
口調で言った。
その時私は初めて後部座席に拘る理由を知った。
しかし、まだ頭に来ていた私は黙って席に着いた。

ブツブツ言いながらスーツケースを持って前方に行く
二人の後ろ姿を見ながら代わった方が良いのかな?と
一瞬は思ったのだが声には出せなかった。

どうして、あんな言い方しか出来ないのだろう?
停車した駅からは新たな乗客があるのは当たり前だし
座席ナンバーの人がいるかもしれないし…
どうしても変更してもらいたいのなら、最初に素直に説明して
頼めばたいていの人は気持ち良く了解してくれるはずです。

私だって、一人だし席に何の拘りも無かったのだが…
最初から穏やかに言ってくれれば気持ち良く代われたと思う。

座席の間違いは以前にも有りました。
何年か前やはり津へ行く電車でのことです。

その時も指定の座席に行くとすでに年配の女性が座っていた。
私が「あの…」と言うとその女性は特急券を出して
「間違ってないでしょ」と私に見せた。間違いない!
私と全く一緒の座席番号だった。
「多分近鉄の間違いでしょう、車掌さんが来たら言いますね」
と言って私は近くの空いてる席に一応座りました。

しばらくして来た車掌さんに説明しました。
彼女は自分の乗る予定の1時間前の電車に乗っていたのです。
乗車時間を確認した女性は慌てて立ち上がり私に頭を下げ
「スミマセンでした、どうぞ座って下さい」と…
見ると荷物も有るようだったし…私は「そのままで良いですよ」と

車掌さんが、早速その近くの空いてる席に私を座らせてくれました。
通路を隔てて斜め後ろの席に着いた私に何度も頭の下げ
「スミマセン、スミマセン」というのです。
私は恐縮して目をつむり寝た振りをしました(笑)

私の方が先に下車したのですが、その時はお互い気持ち良く
「お先に」「気をつけて」「ありがとう」「さようなら」と
言葉を交わした記憶があります。

この女性は全く悪気無く勘違いしただけです。
それでも間違った事を充分…いいえそれ以上に反省し
相手に対して心から謝る行為にはこちらが恐縮し、
ある意味感動もしました。
だから、今でもハッキリ覚えているのだと思います。

先日の2人の女性の態度には今でも納得できない私ですが…
2人だったからで、もし1人だとあそこまで強引な事は
出来なかったのかな?とも考えたり…
今までも色んな人に出会ったけど…初めての経験です。

でも、もしかしたら私の方が意地悪だったのかな??

桜犬

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孫との楽しい時間

2011.08.28.14:31

26日(金)一週間遅れで津の孫に会いに行きました。
上六の近鉄百貨店で孫の大好きな蓬莱の豚まんを買って
匂いを少しでも漏れないように何重もの袋に入れて…
上本町駅10時33分の特急に乗りました。

乗車するなり、お嫁ちゃんに予定の電車に乗ったとメールする。
乗って30分もしないうちに左右に緑が見える風景が好きで私は
いつもボーと窓から景色を楽しんでいる。

1時間半後の11時57分に津駅に到着。改札を出て階段を降りると
孫が手を振っている。今日はパパ仕事なのでママの車でのお迎え。

5~6分で家に到着、早速孫が「バァちゃん来て来て」と…
大きな鏡の前へ呼ばれて並ぶと少し6年生の孫の方が身長高い。
今年の初めに会った時は辛うじて私の方が大きかったのだが…
次会った時は、もしかして…と二人とも思っていた。

私の持参した豚まんとママが作ったスープとサラダで女3人で昼食
3人で昼食を済ませた頃にパパが帰宅。びっくりする私に
「午前中に仕事の段取りつけて、午後は休暇とってきた」と。

4人揃ってからは、孫が6月に行った京都や奈良の修学旅行の
写真見たり、8月の13~15日3人で四国へ行った時のビデオを
見たり…通信簿も見せてもらった。

3時のおやつにケーキを食べている時、パパから5時過ぎたら
車で出かけると私と孫に知らされる。

時間が来て車に乗ると、今から行く所の説明が…
「これから晩御飯食べに行くが、自分で釣った魚を料理して
食べさせてくれる店なので、Nちゃん頑張ってばぁちゃんの
好きな魚釣ってね」と…

車で40分位走るとお店に到着。釣り船にお店を見立て、
目の前の巨大水槽に鯛、シマアジ、ヒラメ、アジ、ハマチ、
カンパチ、イサギ…等  鑑賞用にサメやエイもいる。
水槽の周りに小部屋があり、その窓から魚を釣る事が出来る。

息子が「ばぁちゃんは鯛が好きやから…」と孫にハッパをかける。
孫は必死に餌のついた竿で挑戦する…釣れるのは殆ど鯛なのだが…
3分もすると大きな鯛が釣れた。それでも水しぶきを浴びながら
孫は大声で「釣れた!」と得意げにパパに言う。
その魚をパパが網で受け取りお店の人を呼ぶ。
見ていても結構面白く私も楽しめた。

CIMG1650.jpg

早速お造りにしてもらい「舟盛り」に。私達の前に来ても鯛は未だ
ぴくぴく動いていた。他にもサザエや大あさり等の浜焼きセット、
天ぷら、釜めし、海鮮サラダ等を注文してくれた。
CIMG1666.jpg<

お腹一杯になって帰る途中、孫が「私プレッシャーやったわぁ~」と!
でも良かったぁ~と…と笑顔で私を見る。
もし釣れなかったらどうしよう、ばぁちゃんに鯛食べてもらわれへん
かったら大変だ…等と考えたと云う。
大人からみればすぐ解かる店のからくりも、6年生の女子で身体も大きく
普段おしゃまな事を言っている孫も未だ子供だ。

パパとママの作戦が見事に成功した。

その夜は家でデザートのアイスクリームを食べ、
お風呂に入った後、すぐ4人とも床に着いた。

翌朝は朝食前に家の近くの散策コースを30~40分孫と散歩。
全体が公園になっていて、川の周りには遊歩道も…
息子の家に行くといつも散歩するコースなのだが…

帰るとママが昨夜からホームベーカリーにセットしていて
くれた私の好きなレーズンパンで朝食を頂いた。

朝食の後は孫の部屋で学校の事、テレビ番組の話、好きな歌手、
今所属しているハンドベイスボールの事等を二人で話した。

午後からは皆でゲームしたり、テレビ見たりして…

日曜日は親子で学校行事に参加すると云うので、今回は一泊で
帰る事にしました。

本来ならいつも2泊して一日は何処かへ連れてくれる。
でも今回は私の都合で日を変更したのだが、息子夫婦の心遣いに
感謝しながら帰路に着いた私です。







やはり青春の思い出は・・・

2011.08.25.15:59

毎週水曜日は私の家に一番近いスーパーの特売日です。
肉、魚、野菜、果物、牛乳、日用品等安いので私もよく行きます。
その日は少し離れた地域の人たちも来て、水曜日は特に混雑し…
午前中は、レジもかなり並ぶ事が多いです。

昨日もかごに何点か入れながら店内を回っていると「Oさんと」
旧姓で声をかけられた。顔を見ても一瞬分からなかった。
「どうしよう、誰だったかな?」すると「Mですよ、久しぶり~」

高校を卒業して就職した会社の同期のMさんだった。

髪の毛は真っ白、杖をつき背中も少し丸くなっている。
彼女とは40歳代の時偶然会って家もそんなに遠く無かったので
お互いの家へ行ったり来たりもした。

その後、先に彼女が離婚し続いて私も…
風の噂で彼女は再婚したと聞いていた。でもまさかこんな近くに
住んでいたとは…そう言えば彼女の実家はこの近くだった。

20年以上経っての再会である。どちらからも「どうしてたの?」
「最近は体調も良くなく坐骨神経痛で歩くのも辛いの」
「今日は少しマシなので、主人に車に乗せてもらって来たの」
「今はもう一人ではどこへも行けないし」
「Oさんは、元気そうだね、今でも一人?」とMさんは一気に…
私も「最近は目も悪くなってきてるし年は感じるよ」
「今でも意地張って独り者だよ」と等話したが…
外に主人待たせてるから、又ねと…
5分位喋ったかな?…連絡先も言わず、私も言えず別れた。
私はMさんの後ろ姿を見送りながら複雑な気持ちになった。

私たちは昭和39年3月の卒業生です。
当時は鉄鋼会社が景気良く、特に高卒の男子に人気が有った。
確か同期の大卒者は一割位だったと思います。
私たちが勤めた会社にも地方(特に九州)から何十人もの
男子が入社し寮生活をしていまた。

私は総務部、Mさんは労務部に配属されたが仲良しだった。
同期の男女20~30人でハイキング行ったり、食事会したり、
寮生主催のクリスマスパーティやダンスパーティ等も参加した。
どのパーティでも新入生の私たちは良い待遇で可愛がられた。

難波のスケート場にも何度か会社の先輩たちに連れて行って
もらい、一人大学時代アイスホッケーの選手だった人に手を
つないで滑ってもらうと殆ど滑れない私でもスイスイ滑る事が
できた。彼は2~3人なら同時にエスコートする事が出来た。
彼はハンサムだし女性に人気あったが、残念ながら妻帯者だった。

当時「労音」というのが有って芦野宏のシャンソンや、
ペギー葉山のジャズ等も聞きに行った。
いつも何人かで行ったが、大体Mさんも一緒だった。

入社した年の夏、私とMさん含め女性4人と男性2人の6人で
和歌山の九度山へキャンプに行った思い出も有る。
その中の1人で宮崎のY君には、淡い思いがあったのだが
18歳の私にはそれ以上に発展する術も知らなかった。
良い思い出として今でも心の中に閉まっています。

昨日の午前中にMさんに会ったのだが…
夜ベットに入って昔のまさに「青春時代」を思い出し
中々寝付けず、気がつけば夜中の1時でした。

でもその時間に私の目に映っているのは…
二人の18,19歳の時の姿と青春の思い出だけだった。


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立場が違うと…

2011.08.23.16:01

私の住むマンションは平成7年に建築されたもので
かなり月日が経った(私は平成10年に入居)

昨年辺りから、「大規模修繕工事の実施」についての
アンケートや臨時総会が何度も行われている。

昨年の総会で実施される事はすでに決定しています。
しかし実際の内容が中々決まらない。
マンション全体の外壁の塗り替えだけは決まっている。

今回もインターホンの更新(カメラの設置の有無)
廊下の照明LED取り換え、集合郵便受更新、
各戸玄関扉鍵取り換え等々…賛否や要望などについての
アンケートが配布されている。

見積金額を見れば各々何百万~何千万円単位である。
80戸の入居数だが、なかなか意見がまとまらず…
役員さんは臨時役員会を開いて検討したり、業者との交渉をも
重ねているようです。

最近はマンション内で人と会うと殆どその話です。

新築当時から入ってる人の言い分も分かるし、
途中入居でも年数によって多少意見が違うのも仕方がない。

又もうこのマンションで一生暮らそうと思ってる中高年の人と
若い人で子供が成長すると新しいところへ行こうと考えてる人では
意見が違って当たり前かもしれない。
それに、仕事の事情などで賃貸にしている部屋も何軒かある。

新しく便利になるのをみんな望んでいる。
でもみんな一番気になるのが管理費と修繕積立金の増額だ。
今までの積立金の残高が今回の工事費を引くとかなり減少する。
すべての工事に皆が賛成すれば、修繕積立金は必ず高くなる。

アンケート提出期限が数日後に迫った私も未だ思案している。
すべての工事に賛成するか、どうしても望む工事を何個か選ぶか?

地下鉄に1分で行けるのは便利でありがたいし、もう新しい所へ移る事
もないと思うので、出来るだけ住み心地良くなる事を望んでいる。

何事においても、やはり立場が違うと意見も考え方も違うのだと
つくづく考えさせられた最近でした。


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楽しかったオフ会

2011.08.21.14:40

昨日ナビの「オフィシャルオフ会」行ってきました。
関西では初めてという事なので参加を決めました。

場所は東梅田に近い花様(かよう)という居酒屋さんでした。
近江の自然野菜を使ったお料理がメインです。

お酒の飲めない私はお茶が美味しいとの情報を得てたので
冷たい玄米茶を頂きました。とても美味しかったです。

参加者25名とお世話をして下さるスタッフ…とても楽しい会でした。

私も初対面の方々がほとんどでした。
事務局から用意されたHNを書いた名刺交換から始まり、
和気あいあいの3時間はあっという間でした。

ブログのイメージと違う人、今まであまり名前も知らなかった人とも
すぐに打ち解け、余りにも心地良い雰囲気に私は酔ってしまいました。

東京、茨城、神奈川、富山、高知、香川、愛媛、広島と遠い方面からの
参加者も多数いらっしゃいました。

とても気のつく人の計らいでサプライズとして、当日お誕生日
だった人にケーキが用意されていて、おかげで私たちも美味しく
頂きました。

そして二次会のカラオケもちゃんと計画されていて殆どの人が参加。
皆さんお上手な人ばかりで私はあっけにとられていました。

皆さまの心遣いでとても楽しい一日を過ごすことが出来ました。
そして参加された皆さま本当にありがとうございました。

私カメラ持っていったのですが全く撮れず「ゆきさん」のを
使わせて頂きました。快く承諾して下さったゆきさんありがとう~


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良い事に出会った。

2011.08.19.11:03

昨日、夕方曇っていた。
夜になると雨が降るかも?と思い6時前に一人で散歩に出た。

途中道路の向こうから、勢いよくボールが転がってきました。
一方通行の道路だが結構道幅は有る。
見ると中学生らしい二人がキャッチボールしていたボールだった。

ちょうど私の足元の少し先に転がってきたので、拾い上げて
少年に向って投げました。自分では、かなりしっかり投げたつもり
だったが、思わず「シマッタ」と思うような方向に投げていた(笑)
でも彼は態勢を崩しながらもグローブの中にしっかりキャッチ。
そしてすぐに「ありがとうございます」と一礼してくれた。

その何メーターか後ろにいた、キャッチボールしていた相手の子
まで、脱帽し頭を下げている。
私が「上手に投げられなくてゴメンね」と言うと、今度は二人揃って
「いいえ、ありがとうがざいました」深々と頭を下げているではないか!
私は一瞬恐縮した。

今までにも転がってきたボールを拾って返した事は何度か有った。
しかし今回のような言葉使い、テキパキとした行動は初めてです。

ちょうど校区から云えば私の子供と同じ中学校だと思います。
数分歩くとその学校辺りを通るコースをいつも歩いている。

当時(約30年前)学校はかなり、荒れていました。
いくつかの事件や生徒同士のもめごと等も多く有った。
私も役員をしていたので学校へも何度か出向いて、授業の監視等も
していました。校舎の窓ガラスはいつも割られていた。

でも、今回は歩きながら「嫌な思い出」ではなく「懐かしい思い出」
としてなぜか私の脳裏によみがえった。

今日は高校野球も準決勝が行われ、雨で1時間半中断した中
作新学院も頑張ったが、光星学院が明日の決勝戦へ進む事に。

私は高校野球はどのチームも応援しています。
どのチームも一生懸命なプレイをするのが好きだから…
強いて言うならハンディのあるチームの方に…


昨日の野球少年ももいつか甲子園へ行けると良いな~と
一人で勝手にトンデモナイ想像をしている私です(大笑)


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ショックだった!

2011.08.16.17:15

昨日、急に目がおかしいと感じた。
何かヘンなものが見える。特に左目が…
黒いものが目の前を飛んでいるし時々糸くずの様な
浮遊物も見える…えっ急になぜ?

ネットで調べたら「飛蚊症」と同じ症状だった。
加齢からもくると記してあった。

自分では目は大丈夫だと思っていた。
今でもよく見えるし、老眼鏡も殆ど使わない。
本や新聞だってメガネなしでいつも読んでいる。
老眼鏡は細かい地図や写真を見る時だけで充分だった。
昔から視力検査も良かった。
だから目の病名もあまり知らなかった。

今朝起きても、昨日ほどではないが…
左目が少しうす雲がかかっている様な気がする。

今日は未だお盆休みだろうと思いながらも
近くの眼科を訪ねてみたら、診察中だった。

初診を告げると簡単な項目の質問等を記入して待っていた。
まず視力検査、久しぶりの検査に緊張したが、左0、9 右0、6
眼圧検査、眼底検査異常なし、次に先生の診察室へ
カメラ検査で…白内障の疑い…
もう少し詳しい眼球の検査をと目薬を点眼され待つ事30分

もう一度違うカメラ検査を受けた。
やはり、軽い「白内障」と「「飛蚊症」も多少出てると…先生は
「誰でも歳をとるとね、白髪になるのと同じと考えて下さい」
「治る事はないけど未だ軽いので進行を遅らす目薬を…」と

ショックだった。自分では未だ若いとは思ってないけど…
自分の年齢は自覚してるけど、はっきり加齢からと言われると…

進行を遅らせる目薬とビタミンB12の目薬をもらって帰ってきた。

でも角膜も大丈夫だし、他に病気も無かった事に良かったと
思いながら自分を納得させている私です。

Flower1-007.jpg

お盆休みをゆっくり~

2011.08.13.16:20

昨日今日辺りからお盆休みに入ってるところが多い。
夏休みということで、里帰りや旅行にでかける人たちが多いようだ。

息子は普段、海外出張や仕事が忙しいのでこの休みを利用して
家族サービスも兼ねて2泊3日の四国旅行に行っている。

娘は友達と8日~15日まで休暇を取りフインランドへ…

私は実家のお墓参りは7月の父の命日に参ったし今回は弟達に任せた。
来月のお彼岸には私がお参りするという事で…

義父母の仏壇は私が預かっている。
お墓は義父母が生きている時に本家から「墓地買わないか」と
進められたが、義母は乗り気だったが義父はハッキリ断わった。
兵庫県の奥の土地だったので、お参りするのも大変だと思うし、
それより大阪市内の○○寺の方が何度も参ってもらえるし、他人さん
でも大勢の人で賑わっている方が淋しくないと…
普段から合理的な考えの持ち主だった義父の意見だとその時、私は
なんとなく納得しました。

結果的には「大正解」だった。私もそんな不便な所へ行けないと思う。
ナビの中でもお墓が遠くて考えさせられると言ってた人たちが何人か
いたように思います。

今日13日は朝から仏壇にお花、果物、好きだったものを1個づつ
お供えし、お花が大好きだった二人に「花ローソク」を今日一日中
灯そうと思っています。

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私ふと思いつきで2時ごろ近くのスーパーへ走り「コーヒー豆」を
買ってきた。昨日知り合いから頂いた美味しい「ラスク」もある。

長い間使って無い「手挽きミル」を出し、ゆっくり時間をかけ豆を
挽き、コーヒーを立てた。

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クーラーの効いた部屋で一人「コーヒーとラスク」で3時のおやつを
頂いた。普段ドリップパックか瓶のインスタントコーヒーが殆どの
私には贅沢な気分になったように思えた(笑)
ホントお客さんが来ない限り一人で豆を挽きコーヒー立てることは
滅多にない。思いつきだったが満足した私です。

明日の朝早く,納骨されてるお寺へお参り行くつもりです。

少し肩の荷が下りた

2011.08.11.19:46

以前13年前まで住んでいた家の向いの人と昨日10時過ぎに
スーパーでばったり会いました。
今の住まいとは歩いても5分ぐらいしか離れていないのですが…
国道を東西に隔てているので普段は中々会う事は有りません。

彼女Wさんは、私より3つ年下で20数年前に御主人を亡くしまた。
その後も舅姑さんのお世話をしながら、2人の男の子を育てました。
その2人の息子さんも今では30歳後半になっています。

舅さんは18年前に亡くなったが、姑さんは昨年5月98歳で亡くなった。
かなりの歳月だが、彼女は頑張った。
家賃収入と家の仕事を引き継ぎ生活の心配は無かったようだ。

Wさん一家と私の義父母とは50年以上のお付き合いをしていた。
御近所の中でも一番親しくしていました。
特に義母はWさんのお姑さんと懇意にしているのを知っていた。
私と彼女は歳も近いので年長者の多い隣組の中では仲良くしていた。

私の義父は平成7年に、義母は平成9年に亡くなりました。
その頃は未だ、お香典を頂いたり、隣組でお通夜やお葬式の
お手伝いしてもらった。私の義父母の時もお世話になりました。

ここ何年か前から「香典辞退」ということろが多くなってきた。
お葬式会場もすべて葬儀屋さん任せで隣組もタッチしない。
昨年のWさんの時もそうだった。
昨年の春Wさんのお姑さんが入院していると聞いていたが、
そのうち、お見舞い行こうと思いながら結局行けなかった。

お通夜とお葬式は参列させてもらった。
その後、せめてお供えでもと申し出たが…彼女は、それは
要らないから一度ゆっくり話す機会が欲しいと言いました。

「では、一度ゆっくり食事しましょう」と私は承諾しました。
でも結局その食事会が実現したのは昨年の暮れだった。
その時は、姑さんのお世話が大変だった事、小姑さんとの
関わり、これからの財産分与の事などを話しながら食事を
してもらった。
その日も別れる際「又話聞いてね」「いつでも連絡してね」
と約束したが…そのままだった。

昨日久しぶりに会って「又今度というと何時になるか?」と
2人とも思ったのだろう、お互い「今日でも良いよ~」という
事になり、ゆっくり話せるし…と私の家に来るようになった。

急な事なので私はお弁当を買い、お味噌汁だけ用意して…
12時に彼女は来ました。
今回は財産分与が決着した事、今は自分の時間が持てる様に
なった事、今後の事、後は懐かしい話やお互いの子供の話もでて…
気がつけば5時前になっていた。

私は彼女の話を聞くだけだし、相談ではなく、すべて済んだ
事なので気持ちも楽だった。それでも彼女は何度も
「今日聞いてもらって良かった」と言ってくれました。

私もお金や単なる義理ではなく、彼女と話すことで、なんとなく
長年の肩の荷が下りた様に思えました。

ちょうどお盆に、義父母の仏壇に良い報告ができたかなと
ちょっぴり胸をなでおろした私です。


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なら燈花会

2011.08.09.14:25

昨夜「なら燈花会」に行ってきました。
1999年に誕生して、今年で13回目という事でした。

燈花とはロウソクの芯の先にできる花の形のかたまりで、
昔から縁起が良いとされてきたそうだ。
この故事にあやかり、2万本以上のローソクが奈良公園一帯を
点す一大イベントということです。

私たちは5日の金曜日から始まったので金、土、日は避け
昨日の月曜を選びました(14日(日)までという事です)
それでもかなり大勢の人出でした。

5時に近鉄奈良駅で待ち合わせ後「ならまち」を少し散策、
伝統的な町屋は格子の家や、めずらしい行基葺(ぎょうきぶき)
という瓦も見られ、やはり歴史の町を感じました。

ならまちの中で、ちょっと早めも夕食を済ませ、7時前に
猿沢の池会場へ、もうすでに多くの人が池の周りで点灯を待って
いました。7時になるとボランティアの人達によって点火された。
燈花会では水の入ったコップにローソクを浮かべ火を灯し、
コップを直に下に置くという事。
7時ではまだ少し明るいが段々日が暮れていく中、ローソクの
灯りが徐々に広がっていく様は幻想的に見えました。
image.jpg

猿沢の池の周りにあるホテルなどはカーテンを引き、中の電気の
明りを外に漏れないよう配慮されたいたのには感心した。

次に浮見堂会場→浅茅ヶ原会場→と進み一番広い春日会場へ・・・
yjimageBE2WRATC.jpg

yjimage.jpg

歩きながらゆっくり時間が流れる・・・
ローソクの火だけで過ごす時間はなぜか心が落ち着くように思えた。
そして、周り一面のローソクの灯りに温かい気持ちに包まれている
ような気になったのは私だけではないように思うのだが・・・
yjimageUWU2YLT8.jpg

最後に国立博物館会場では、とても可愛いものを見つけました。
ローソクで小さな絵文字やハートマーク、アルファベット等を表していた。

7時~9時過ぎまで殆ど休まず、途中で一度
「豆腐のアイスクリーム」を食べながら歩いたが、
約2時間強とても良い時間を過ごせました。
距離にしても5キロ位は歩いたかも?
今までは明るい奈良公園を歩いている私はチョット
違う感動をおぼえました。

ものすごくたくさんのボランティアの人たち、
警察をはじめ色んな人の警備体制が完璧に行われていた。
見物してる人たちも速やかに誘導の指示に従っていた。
大勢の人が集まると起こりがちなトラブルも目にする
事も無く本当に広いのに心地良い会場でした。

お昼好天気の日、自然の中を歩くのも良いけど、こんな
雰囲気の中たまに歩くのも悪くないねと…言うのが
電車乗る前に喫茶店でお茶しながらの二人の会話でした。

私が家に着いたのは10時半過ぎでした。
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大阪が大好きな主婦です

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