四人で「京都であそぼっ!」

2014.02.26.16:58

昨日は新サークル「京都であそぼっ!」の初オフ会でした。
10時に4人が山陰本線「円町駅」に集合。

まずは、北野天神ゆかりの紙屋川畔にある「法輪寺(達磨寺)」へ…
通称だるま寺の名で親しまれているという事です。
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達磨堂には三国随一という起き上がりだるまを中心に全国から集まった千変万 の
だるまがずらり並んでいました。
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次は「大将軍八神社」へ…
大将軍とは陰陽道の太白(金星)のことで、方位を司る神のこと。
神社の言い伝えによると、桓武天皇が平安京遷都の際都域を守る方除の神として
奈良春日より勧請したとされているそうです。又「 八」は暦の神八将軍。
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境内の隅の方徳殿には平安時代中期から末期に作られたといわれる木造大将軍神像
が80体も収めてあるそうです。
国の重要文化財に指定されています。
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その後私達は北野天満宮の近くのTO-FU CAFE FUJINOでちょっと早めのランチを…
京都のとうふ屋「京とうふ藤野」が、運営するカフェで 地元 京都で作ったとうふ・
湯葉・お揚げ・豆乳をふんだんに使ったヘルシーで美味しい料理を頂きました。
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食後、梅で有名な「北野天満宮」へ…
昨日25日は菅原道真の祥月命日で毎年この日に「梅花祭」が行われていました。
でも梅はまだ3分咲き位でしたが、凄い人出でした(笑)
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次は「千本釈迦堂(大報恩寺)」へ…
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正式名称を大報恩寺という千本釈迦堂は、おかめ物語や12月の大根炊きで有名です。
創建は鎌倉時代の安貞元年(1227年)で義空によって創建されました。
本堂(釈迦堂)は応仁文明の乱などの度重なる災害にも焼けることなく残り、
京都市内では最古の仏堂建築物だという事です。
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国宝である本堂(釈迦堂)のほか、重要文化財として木造釈迦如来坐像(附 天蓋)
木造十大弟子立像10躯などがあります。

又本堂前の見事な枝垂れ桜は、名木「阿亀(おかめ)桜」として知られています。
千本釈迦堂建立時の棟りょう・長井飛騨守高次の妻おかめを偲んでつけられたそうです。
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そして次は「釘抜き地蔵(石像寺)」へ…
正式名称は石像寺といいますが、釘抜地蔵という通称で有名なお寺です。
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珍しいのは堂の壁面一杯の絵馬が釘と釘抜きであること。
そして 地蔵堂の裏には沢山の阿弥陀三尊の石仏がありました。
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弘仁10(819)年に弘法大師によって開創され、本尊である地蔵菩薩は大師が
自ら刻んだものといわれています。
開創された時は、苦しみを抜き取る地蔵様だという事から苦抜地蔵と呼ばれていました。
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釘抜地蔵と呼ばれる様になったのは、弘治2(1556)年頃、当時京都で有数の大商人の
紀伊国屋道林という人が、何事もないのに両手がとても痛み、色々と治療をしたが効果
がないので、霊験あらたかだと評判の苦抜地蔵にお参りして願掛けをしました。

すると、道林の夢の中でお地蔵様が「汝のこの度の痛みは病ではなく、汝が前世で人を
恨み人形の両手に八寸の釘を打ち呪った事がある為、その罪が苦しみを受けているのだ。
汝が祈り救いを求めたので、私が神通力をもって昔の恨みの釘を抜き取ろう。これを見よ」
と、2本の釘を指し示します。
道林が夢からさめてみると、両手の痛みがたちどころに治っていたと言われています。

急いで苦抜地蔵へお参りに行くと、地蔵菩薩像の前に朱に染まった2本の八寸釘があり、
道林はそれより100日の間日参し、その御恩の万分の一にもと感謝の気持ちを捧げたと
伝えられています。
その頃よりこのお地蔵様は釘抜地蔵と呼ばれる様になったという事です


私は以前何かでこの言い伝え話を読んだ事がありました。

そして次は「千本閻魔堂(引接寺)」へ・・
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通り過ぎてしまいそうな小さいお寺ですが…
閻魔大王の坐像の両脇に、書記役の司録と検事役の司命の像が安置されているため
閻魔堂といわれています。

高野山真言宗に属する寺院で一般には千本閻魔堂(せんぼん えんまどう)の
通称で知られています。春の念仏狂言でも知られています。

引接とは、仏が我々人間をあ一の世に導いてくれるという意味たそうです。

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紫式部の供養塔もありました。
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そして私達は今回最後の目的地「船岡山公園」へ。
船岡山公園は織田信長を祭った建勲神社に隣接する船岡山の西北部一帯が公園で
標高約112mで約56,200㎡あると言う事です。
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小高い丘からは京都の市街地も一望できました。
又「五山の送り火」の見晴らしが良く、当日は大変混雑するという事でした。
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公園を後にして、バス停「船岡山」の近くの喫茶店を見つけ4人でコーヒータイムを…
とても美味しいコーヒーにみんな大満足…
そして、バスで出町柳へ出て京阪電車で各自、家に帰りました。
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「京都であそぼっ!」は神社仏閣をめぐりながらウオーキングを楽しむサークルです。

京都に数多くある有名無名の神社仏閣巡りと少し足を伸ばして自然も楽しもう…
という趣旨の元、昨日初オフ会でした。

私自身、名前は何となく知っていても「北野天満宮」以外は初めて訪れる場所でした。
ただ「釘抜き地蔵」の話だけは記憶にありましたが…(笑)

私も神社仏閣巡りは好きです。
いつも色んな像に癒されます。そして学ぶ事も出来ます。
又どの境内でも、落ち着いてエネルギーをもらえる場だなぁ~とも感じました。

そして、もう一つの楽しみの「数珠玉」も昨日は法輪寺と大報恩寺でゲットできました。
いつか「お念誦」か「ブレスレット」が出来れば好いなぁ~と今は思っている私です。
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私、今回歩数計は忘れたのですが、Gさんの歩数計は11000歩強だったそうです。

おかげ様でお天気にも恵まれ、とても良い京都の一日になりました。
管理人初め、参加された皆さま、ありがとうございました。
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メダリストの知り合いは大変です。

2014.02.23.16:33

先日19日(水)のお昼2時前、いつもモーニングしている友達から電話がありました。
「今から竹内選手が出場するからテレビで応援してねぇ~」と…

友達は以前から竹内智香選手の家族とは知り合いだと聞いていました。
竹内選手が今までのオリンピックに出場した事も彼女から聞かされていました。

でも正直「パラレル大回転」と言う競技はあまり馴染みがなくて…(笑)

今回世界ランクも2位でメダルも期待されている事も聞いていました。
その日は家に居たし…リアルタイムでの放送も観ていました。

友達からは予選を一位で通過した事、準決勝に進んだ事がその度に連絡有りました。
私は「観てるよ~応援してるよ~」と言うのですが…
彼女はかなりの興奮状態でした(笑)

事実、私も段々熱や力が入って、ドキドキしながら応援していました(笑)

決勝で銀メダルが確定した時もすぐに電話があり…
「転んでしまって残念だったけど、銀メダル取れて良かった~ありがとう~」と。
そして「安心したわ~でも疲れたわ~」と言っていました(笑)
私も思わず「おめでとう~お疲れ様~」と応えました。

多分、私以外の何人かの友達にも同じ電話していたと思います(笑)

何年か前には竹内選手の実家の北海道旭川の旅館「湧駒荘」 へ行った時の事。
智香ちゃんとは、10代の頃から会って、スノーボードの話をしていた事。
母親の 裕子さんが彼女の家に来た事等も、私は以前から聞いていました。

だから彼女が一生懸命応援するのもよく解かります。
昨日のモーニングでもまだ興奮が冷めていないようでした(笑)

すでに旅館の方にはお祝いの電話は入れたようです。
そして近々智香さんの好きな美味しいお漬物や梅干しを送り届けると言っていました。

昨日のモーニングの時は、今度はその夜の「パラレル回転」を応援しょうと話しましたが
竹内選手は決勝トーナメント1回戦で敗退し、残念ながら2つ目のメダルを取る事は
出来ませんでした。

私も何度か、竹内選手本人や家族の苦労や努力も友達から聞いていました。
だから今回の銀メタルは竹内選手の努力が実り、凄く嬉しかったです。

私も今回勝手に一瞬親の様な気持ちになったり…関係者の一人と思ったり…(笑)
おかげで私にとっても、とても良い記憶に残るだろうと思うオリンピックでした。

今夜でオリンピック競技も終わります。
どの選手も独特の雰囲気の中、重圧に耐え一生懸命競技をしました。
沢山の感動の場面もありました。

私も夜中の3時頃でもリアルタイムで観た事もありました。
若い10代もベテランの40代も頑張りました。

ハラハラ、ドキドキして結果が出るまで観る事が出来ない時も有りました(笑)

今回、友達の実際の様子や行動を見て、改めて選手の家族や関係者になると、
私達には想像できない緊張やプレッシャー等で、さぞ大変だったと思いました。

出場した選手や家族、そして関係者の方々本当にお疲れ様でした。


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(以前、雪の金剛山に行った時の画像です)



50年ぶりの二上山は、雪山だった!

2014.02.19.16:58

昨日、久しぶりに軽登山をしたいと思い月に一度一緒に歩いている友達と二上山へ…
二上山には高校生の時に登ったきりなので、丸50年は経ちます(笑)

二上山はその名のとおり二つの山頂が目立つ形状をしておりその山頂は雄岳(オダケ)
と雌岳(メダケ)と呼ばれています。

二上山と書いて「ふたかみやま」又は「にじょうざん」と呼ばれている。

雄岳(517m)と雌岳(473.9m)が、らくだのコブのように連なり、大阪や奈良からも
観える美しい山容が万葉集にも多く詠まれているという事です。

近鉄阿倍野駅で待ち合わせ二上神社口駅へ…
電車を降りると青空も見えていました。
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今回は久しぶりの登山だし、無理をしないでとにかく雌岳を目指し、その時点で
雄岳へ行くかどうか決めようと2人で話し合っていました。
そして出来たら当麻寺にも寄ってみたいと…(笑)

登山口へ向かう途中には先週金曜日に降った、かなりの雪が残っていました。
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やがて鳥谷口古墳が見えてきました。
この古墳は約1300年前に築造された、一辺が約7.6mの方墳で墓室は 横口式石槨と
いう構造で南側に開口部があり二上山産出の凝灰岩が使用されているという事です。
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やがて私達は舗装された雑木林の道へ…
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段々足下には雪が…
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祐泉寺の所から岩屋峠を通り雌岳を目指そうとしたのですが…
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2人とも、トレッキングシューズを履いて、ストックは持っていました。
私は念の為アイゼンもリュックに入れていたのですが彼女は用意していませんでした。

それでもゆっくり行ける所まで行こうと…(笑)
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足下は凍っていて時々滑りましたが、なんとかアイゼン無しでも上がる事は出来ました。
でも山の上から下りてきた人はみんなアイゼンを着けていました。
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彼女はまだ大丈夫だと言っていましたが、私は折角昨年足が治り山道を歩けるように
なったのに、又足を痛めるようになっては…と、引き返そうと説得していました(笑)

2人のやり取りを聞いて、すれ違った人に「これから先はアイゼンなしでは無理ですよ」
と言われ、やっと彼女も納得して、引き返す事にしました(笑)

私達と同じように引き返した人も何人かいました。
みんな「まさか二上山にこんなに雪が積もっているとは?」と言いながら…(笑)

私達が諦めた場所を地図で確認すると、聖徳太子が拓いたという岩屋道でした。
そして岩屋峠を越せば、もう少しで雌岳山頂でした。

私達は、もう一度ゆっくり雪景色を観ながら来た道を戻りました。
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そして、釣り池公園の吾妻屋で温かい味噌汁とおにぎりなどで昼食を取りました。
目の前にはこんな景色を観る事が出来ました。
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未だ時間も早かったので、二上山の東麓にある當麻寺(たいまでら、新字体:当麻寺)
へ向かいました。

山口神社を通り当麻寺奥院へ…
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当麻寺は「ぼたんの寺」として有名です。
先日、ナビで同じサークルのMさんがとても素敵な「当麻寺の冬ぼたん」をギャラリー
に投稿していたので私も観たいと思っていました。

奥院から入った私達は桜門(重要文化財)から西へ進み浄土庭園へ…
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庭園には宝池や十三重石塔があり
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冬ぼたんや椿も見る事は出来ましたが…ちょっと遅かったようです。
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でも庭には蝋梅や桜も観る事が出来ました。
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その後、本堂(曼蛇羅堂)等を観ながら境内を散策
やはり、所々に雪が残っていました。
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仁王門を出る前に後ろを振り返ると、登る予定だった雌岳が綺麗に見えました(笑)
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その後、私達は近鉄当麻寺駅から電車人り、阿倍野でお茶をしながら反省会を…(笑)

今回私は50年ぶりの二上山でしたが、彼女は何年か前に行っていました。
それだけに、今回の状況を読めなかった事を反省している様でした。

でも、やはり足に負担がかかる下りの事を考えると無理は出来なかったと納得も…
それに何よりも怪我等したら、後が大変だと2人で意見が一致しました(笑)

4日前の雪があんなに残っているとは私も思いませんでした。
標高500m前後の山なので、雪山へ行くつもりでもありませんでした(笑)
距離的には6~8キロのコースでした。

でも思いがけず、綺麗な雪山の景色も観る事が出来て満足です。
今度はもっと暖かくなってから、再度今回のコースを歩こうと2人で約束しました。

二上山と言えば、いにしえより、その美しい山容へ日が沈んでいく様子から
神聖な山として崇められてきました。

又山頂には天武天皇の子で謀反の疑いをかけられ自害させられた大津皇子の墓がある
事でも有名です。

そして今回見えなかった山頂からの景色等も一緒に又いつか、しっかり確認したいと
思い、帰ってきた私です。 

ちなみに、今回歩数計は17000歩近くを示していました(笑)




昨日は大阪の雪景色とソチの氷上を…

2014.02.15.14:35

昨日の朝いつもの7時前に起床したら、外は雪でした。
でも寒そうなので、ガラス越しに外を眺めていました(笑)

テレビでは全国的な雪の様子やダイヤの乱れ、列車の運休は遅延、そして高速道路等
の閉鎖のニュース等も流れていました。

朝食を終え娘を送りだした後、9時前に金曜日のゴミを出そうと玄関の戸を開けると
外壁には、かなりの雪が積もっていました。
この時も雪は、かなり降っていました。
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マンションの下に降りると思っていたより辺りは真っ白でした。
私は折角なのでマンションの周囲を少し確認してみました(笑)
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その後、部屋に戻りベランダからもカメラを向けましたが、いつも観える遠くの
景色は全く見る事が出来ませんでした。
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雪はお昼過ぎまでしっかり降っていました。
その後雨に変わり2時ごろベランダから見ると少し見通しが良くなっていました。
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朝、娘から「外出禁止令」を出されていた私は2時半頃からお昼寝をしました(笑)
出来る事なら夜中に、すごく頑張っている羽生選手や高橋選手、町田選手の
男子フィギュアスケート「フリー」を応援したいとも思い…

5時過ぎ夕刊を取りにマンションの下へ降りると表側はすっかり雪も溶けていました。
朝は真っ白だったマンション内にある子供の遊び場の滑り台の雪もかなり溶け…
こんな可愛い物が残っていました(笑)
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今回は関西にも大雪警報が出され、けが人が出たり、かなりのダイヤも乱れ運休や
遅延もありました。
高速道路も色んな所で通行止めとなり、一部の大学では入試試験の時間を
繰り下げたり、中止されたり…色んな影響がありました。

又和歌山等では停電もあったそうです。

大阪では滅多にない大雪で、朝雪景色を観た時は、ちょっとテンション上がった私ですが
やはり、雪による色んな障害等を見ると大変さを実感します。

昼寝をたっぷりした私は夜11時からの放送されていたフィギュアスケートを観る態勢に。
最初は3選手の子供の頃の様子やプロフィル等を放映していました。

直前の公式練習を終え、順番に演技が始まり日本人で一番最初に登場する町田選手を
待っている3時前までは時々ウトウトしていました…(笑)

町田選手は頑張って彼のフリーの演技が終わった時点で2位でした。
いよいよ最終組がリンクに上がると私の目はしっかり覚めました(笑)

SP3位のフェルナンデス(スペイン)に続いて3時20分高橋選手がリンクに…
ドキドキしながら見ている私でしたがやっと2分後に演技に入ると、思わず心の中で
「頑張って~」と祈りました。

会場では途中で拍手も起こり、終始笑顔で高橋選手は演技を終えました。
得意のステップは冴えたし、彼の表現力は素晴らしかったと思います。
点数はともかく、観ていて胸が熱くなりました!

そして、高橋選手と入れ替わりで羽生選手がリンクに登場…
でも最初のジャンプで転び、場内も悲鳴が聞こえた様に思います。
その後も転んで私は思わず手を合わせました。

アナウンサーの「きっかけが欲しい」と言う言葉に私も頷きました。
でも中盤から後半は見事な演技でした。

結果羽生選手は見事な金メダルを…
そして町田選手が5位、高橋選手は6位と健闘しました。

でも全員、やはりプレッシャーは、かなりのものだったのでしょうね。

その後登場したあのP・チャンさえもオリンピックの重圧を感じているようでした。

私に難しい事は分かりません。
どうしてあんな事が出来るのかと思う場面も多々ありました。
そして、どの選手も一生懸命演技していました。

私は今回リアルタイムでで観る事が出来、本当に感動をもらいました。
特に宮城県仙台出身の19歳の羽生選手の、あの雄姿はきっと東北地方初め日本全国
の人に勇気と元気を与えたと思います。

そして3人のどの選手にも、いいえ戦った全員に大拍手を送りたいと思いました。

昨日の朝は大阪では何年振りだろう?と思われる雪景色で目覚め、夜中から早朝に
かけては氷上での見事な華麗な舞いに外の寒さも忘れ、ドキドキしながらもとても
温かい気持ちになる事ができ、いつもとチョット違った一日を過ごした私です。


試合終了後3人の笑顔にホッとした私は思わずテレビにカメラを向けました(笑)
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2月はハーブ園と布引の滝へ…

2014.02.12.18:15

昨日はサークル「ララ♪ハイキング」の2月オフ会でした。
今回のコースは、神戸ハーブ園~布引の滝~旧居留地散策となっていました。

10時半に参加者7名が新神戸駅に集合。
早速ロープウェイの乗り場の山麓駅へ…
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新型ロープウェイでハーブ園山頂まで約10分。
お天気も良く、広い窓からは神戸の景色が、とても綺麗に観る事が出来ました。
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後の予定コースで行く事になっている、布引の滝や貯水池も観えました。
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やがてハーブ園山頂駅に到着し、山頂から観える神戸の景色も綺麗でした。
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所々に先日の雪が未だかなり残っていました。
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私達は展望エリア内のハーブミュージアムへ…
室内では珍しい機械やハーブの香りを楽しみました

ランビキ(蘭引)…アルコールや香料を原材料から分離して集める蒸留器の一種で
          水蒸気蒸留法に使われるそうです。
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他にも展示物はあったのですが…私達はこの前で立ち止まり興味深く見ました(笑)

参加メンバーの中には、ご自分でも庭に沢山のハーブを育てているHさんもいました。
勿論私達も質問したり教えてもらったり…

又ご自分で作った「ハーブの効能一覧表」や詳しい説明書等を持参して頂きました。
その上、前日ハーブオイルメーカーで抽出した「ハーブウォーター」を皆にくじ引き
でプレゼントして頂きました。
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今月が誕生日の私には特別一瓶多く用意して下さいました!
とても嬉しかったし、勿論有難く頂戴しました(笑)

展望エリアを出た私達はハイキングコースのハーブや花を観ながら…
グラスハウスエリアへ向かいました。
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ガーデンテラス内はとても温かく、鮮やかな雰囲気と良い香りに包まれていました。
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やがて私達は昼食を取る事に…
名物の布引ハンバーガーとドリンクバーセットを注文。
コーヒーや何種類かのハーブティを頂きました。
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温かく展望も良いこのガーデンテラスでのランチタイムは凄く居心地が好く
みんなの会話も弾み、予定より長く時間を過ごしてしまいました(笑)

食後テラスの外へ出て心地よい風にあたり、良い眺めを確認しました(笑)
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ここにはハーブの足湯があると聞いていたので、タオルも用意してたのですが、
足湯では、ママと坊やが足湯を楽しみパパが写真を撮っていました。

「私も撮って良いですか?」と聞くとママがどうぞと言い、可愛い坊やがポーズを…(笑)
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次に風の丘エリアへ…
色んな景色を楽しみながら、ちょっとハイキング気分になってきました(笑)
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やがて、私達はロ-プウエイの風の丘中間駅を通り、遊歩道で布引の滝を目指しました。

途中布引貯水池を見た後、谷川橋を渡っていると後ろから誰かが「カワセミがいる」と…
みんなが引き返して、一斉にカメラマンになりました(笑)
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「猿のかずら橋」が観えた時は「布引の滝」が近いなぁ~と感じながら歩きました。
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やがてお目当ての「布引の滝」が観えました。
この雄滝(おんたき)は私は上手く撮れませんでしたが高さ43mの名瀑だという事です。
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この後Mさんの案内で雌滝(めんたき)も観る事が出来ました。
高さ19mのしなやかで上品な滝と言われているようです。
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この時点で時間は3時を過ぎていました。
最初はこの後「旧居留地散策」を予定していたのですが…この日は諦めました(笑)

私達は北野異人館街を通り、神戸市役所24階展望ロビーへ…
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無料開放されている24階に上がると、海と山が迫る神戸らしいパノラマが一望でき
みんなで方向を確認しながら「関空は?」「あっちが金剛山だね~」等と…(笑)
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その後、同じフロアーの喫茶店では、お互い好きなスィーツや飲み物を頼み
最後のお喋りタイムを楽しみ、この日は解散しました。

ハーブは、やはりこの時期チョット少なかったけど、珍しい機械を観たり
ハーブを学んだり、色んな香りも楽しむ事が出来ました。

又ガーデンハウスでは、ホッと心も温まり、癒される空間も有りました。
そして何度も神戸の街並みを上から眺めながら気持ちよくハイキングも出来ました。

今回は担当者だけではなく、何人かの人の案内でより楽しいコースを歩く事が出来
又ハーブについての知識を伝授してもらったり、おまけに嬉しいお土産も頂きました。

この寒い時期の2月のオフ会は最初はパスも考えていたのですが…
それに、私には初めてのコースでしたが、とても楽しい一日を過ごす事が出来ました。

参加された皆様お世話になりました。
そしてありがとうございました。



それは男の美徳ではないと思うけど…

2014.02.10.17:23

今年もインフルエンザが流行っています。

先日、地下鉄車内で30歳代?と思われる女性3人のこんな会話が聞こえてきました。
「ねぇ~どう思う?」と1人の女性が2人に聞いています。
「インフルエンザでも1日も休まず、頑張って仕事している事をどう思う?」と…

聞いた1人の人が「本当にインフルで休まず仕事?」とビックリして聞き返していました。

私が聞こえた範囲で話の内容を要約すると…
話を切り出した女性は学校時代の同級生何人かと「ライン」をしているようです。
最近のそのラインの中での話で、1人の同級生の男子がお医者さんで「インフルエンザ」
と診察され、仕事を休むように言われたが…本人はいつも通り仕事をしてるらしい。

彼は自分で建築会社を経営していて、自分が休むと現場が止まると言っているようです。

さすがライン仲間では賛否両論があるらしいのですが…
ただ、誰もその彼に「ダメな行為」とは言っていないようです。

本人は「世の中の為に自分は頑張っている」「男の責任」そして「男の美徳」等と…

そして「頑張って~」「格好良い~」と返信している人も何人かいると…

1人の彼女はチョット興奮気味に…
「そんなの周りの人が迷惑だ」「ライン仲間もオカシイ~」「非常識だ~考えられない~」
「誰か注意する人いないの」等とかなりの剣幕で…

私を含めて聞こえていた周囲の数人の人に「そうでしょう~」と言う雰囲気でした。
勿論私や周りの人はみんな頷いていました(笑)

さすがに周囲の気配を感じて、その後3人のかなり激しいやり取りは沈静しました(笑)

私の地下鉄乗車時間10分位の間で聞いただけの話ですが…
やはりチョット考えさせられました。

聞いている話だけでは、詳しい事は分からないけど…
そのインフルを押して仕事に出てる彼も、かなり辛いのではないでしょうか?
もしかして悪化する事も考えられるし…
仕事の現場に一日中は、いなくて途中で帰るとか…も有ったかも…

でも、やはり興奮気味に怒りを表していた彼女が一番正しいのではないでしょうか?
いくら仕事が大切だと思っても、自分の身体の事や他の人にインフルが感染する事を
考えると外出はダメだと思います。

ましてそれを「男の美徳」だなんて…
そして、何よりもその行為を「頑張れ~」「格好良い~」と返信したり
「ダメ」だと指摘出来ない友達にも怒りを感じます。

インフルエンザは発症する1日前から発症後5~7日頃まで周りの人に感染する可能性
があり、特に発症してから最初の3日間ほどが最も感染力が高いと言われています。

まだまだこの時期インフルエンザは流行ると思います。

もしインフルにかかった時は、お医者さんの許可が出るまでは、自分の身体の為にも
人に感染させない為にも安静にして、外出しないように心がけて欲しいと願うのが
当然だと思った私です。


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信頼と放電は大切です。

2014.02.07.17:12

先週の金曜日位からPCの調子が悪く四苦八苦していました(笑)

一応PCは立ち上がるし画面も出ます。
文字も打てるし、ブログなどの写真も挿入できます。

でも次の画面に行こうとすると時々「ネットワークが接続されていません」とか
「このページは表示できません」との文字が画面に出ました。

何度かクリックすると通常画面になったり、ならなかったり…(笑)
何故かインターネット関係の画面がトラブルようでした。

特にナビのページが画面が進まなかったり、画面の一部が真っ白になっていたり
又「このページは表示できません」ともでました。

メールやブログの返信コメントを送信しても「ネットワークが接続されてません」と…
何度も送信をクリックして、同じメールや足跡を3~4回送信されたり…(笑)
何人かの人に迷惑もかけました。

丸4年使っているPCの寿命かな?とも考えました。
バッテリーの点検もしました。

昨年の9月頃もPCが経ちあがり難くかったり、画面が固まる事が多かったので
PCメーカーのN社の「コンタクトセンター」に問い合わすと丁寧に対応して頂き
「放電」する事を薦められ、その後は夜使った後はPC本体からすべての付属品を
外していました(時々は忘れるけど…)

それ以後は以前の不調が嘘のようでした(笑)

今回は又チョット違うトラブルだとも思いながら又コンタクトセンターに電話したのですが
ちょうど日曜日だったので平日に…と言う事でした。

数日、四苦八苦していた私は月曜日を待てず、買った量販店に電話しました(笑)
私の問いに「PCに詳しい人に変わります」と言われPCの状態を説明すると…

「多分回線が問題だと思うので一度使っているプロバイダー」の方へ状況を連絡する
ように薦められました。

早速プロバイダーのフリーコールの「カスタマーセンター」に電話しました。

まず向こうの資料に記載されている事を確認して丁寧な誘導で、無線で使っているが
一度ランケーブル線を繋いだり、PCの電源を入れたり、切ったりしながら色んな事を
確認して最後に「ネットギア」の一個の回線を抜いて下さいと…

誘導内容を私がすぐに理解できない事も有って、かなりの時間を要しました(笑)

暫らくして又抜いた回線を入れ、最初からPCを立ち上げると元の調子に戻りました。

「ありがとうございます」と言う私に「やはり熱が籠るので放電は必要です」と…(笑)

あれから1週間近く経った今もPCは順調に起動しています(笑)

結局前回も今回も「放電」する事でPCの機嫌が直った事になります。

金曜日からPCの具合が悪く、土曜日にはさらに不調になり…
日曜日も前日と同じような表示がされるし、私は思い切って買ったお店に電話しました。
でも結果的には良かったと思っています(笑)

私はこのPCが初めてです。
買って1年間はメーカーN社の「コンタクトセンター」に何度もヘルプしました(笑)
1年のサービス期間が切れてからは時々買ったお店に電話で問い合わせました。
時には持って来て下さいと言われ私はノートPCを持ち込みました(笑)

今回も買ったお店からプロバイダーに連絡するように薦められ…
又プロバイダーの丁寧な対応によって、無事元に戻りました。

何となく嬉しくなって、最近PCの前に座る時間増えているかも…(笑)

PCを始めて4年は経つのに、未だに私に知識がなかった事も確かです。
やはり、殆どの人が知っていたのかなぁ~?

でも今回の事で改めて「放電」の大切さと、「お店やプロバイダーとの信頼関係」の
大切さを学んだ私です。


CIMG9665.jpg

(画像は昨年の今頃高見山で観た霧氷です。今でもこの寒い時期には思い出します)










百田尚樹氏の講演を聴いて…

2014.02.01.16:22

先日、百田尚樹氏の講演会に行ってきました。
彼は放送作家で、今は有名な小説家です。

経歴を簡単に…
1956年2月23日、大阪府東淀川区生まれ。
同志社大学法学部に入学するが5年在籍後中退し放送作家になったという事です。
「探偵!ナイトスクープ」「大発見!恐怖の法則」などの人気番組に携わっている。

2006年 特攻隊を巡る群像小説『永遠の0』で作家デビュー。
2009年 『BOX!』で第30回吉川英治文学新人賞候補となり、第6回本屋大賞の
      5位に選出された。
2012年10月 『永遠の0』の文庫版が100万部を突破。
2013年4月 出光興産の創業者をモデルにしたドキュメント小説『海賊とよばれた男』
        で本屋大賞を受賞しました。

 その時「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」と喜び
 その発言でも注目を集めた話は有名です。

当日会場の国際会議場につくと、もうすでに沢山の人が来ていました。
やはり今、人気の作家だけあって主催者の話では当日500人近くの人が集まったと
いう事でした。
CIMG5266.jpg


今回のテーマは「50歳からの小説家デビュー ~いくつになっても楽しく~」でした。

壇上に登場した百田氏は、まずどうして50歳から小説を書いたかを話しだしました。
昔は人生50年だと思っていたそうです。
一度は諦めたが、探偵ナイトスクープにマジシャンとして出演した94歳の男性が
88歳で整体師の資格を取ったと聞いて奮起して、小説を書こうと…

そして、まずどんな事を書くかを考えたそうです。
大正生まれの、お父様も叔父さんも戦争経験者だったとの事。

昭和31年生まれの彼はお父さんと叔父さんから戦争の話は聞いたそうです。
そして子供の頃敗戦後の日本の姿も自分の目で見たとも語りました。
実際淀川では沢山の傷痍軍人を見た事も有ったそうです。

父親や叔父さんから自分は戦争の話を聞いたけど、何故か孫には戦争の話は
しなかったと言う事でした。

当時末期癌だった父親と自分の子供(孫)の世代を結びつけたかったと!
そして今の若者におじいちゃんが戦った戦争や、おばあちゃんや家族(日本人)が
どんな思いで生きてきたかを知ってほしかったとの思いで書いたのが
「永遠の0」だったと語りました。

そして次は「海賊とよばれた男」でモデルになった出光興産の創業者出光佐三氏に
ついて熱く語りました。

でも約3年前に半年ほど彼はスランプに落ちたと話しました。
東日本大震災の頃だそうです。
石巻の製紙工場がダメになった事もショックだったと…

又その頃彼は胆石で発作をおこし3度も救急車で運ばれたそうです。
その時の手術の際、麻酔をかける事に対する同意書についても、彼なりのジョーク等
も入れながら、かなり時間をかけてお喋り、会場も笑い声が聞こえました(笑)

そしてその頃、1953年(昭和28年)の大ニュースである「日章丸事件」を彼は
偶然知ったが、周りの殆んどの人が知らなかった事に驚いた事がきっかけになり
「海賊とよばれた男」を書いたと…

社長の出光佐三氏や、一隻のタンカーでイランに入り石油を引き取りに行った日章丸
の新田辰男船長やイランとの契約を成し遂げた佐三氏の弟や重役、そしてそれを支え
抜いた部下たちも、とても凄かったと…

又個人資産を投げ打ち当時の社員を一人もリストラしなかった事等も…
当時の出光興産に対する思いを熱く語りました。

講演中には、他に探偵!ナイトスクープの裏話等も話し予定の時間をオーバーしながらも
親しみやすく、解り易い彼の話に会場は大満足で講演は終わりました。

私も1時間半の講演をあっという間に感じました。

正直、私は二作とも読んでいません。
でも『永遠の0』も『海賊とよばれた男』も世間では凄く話題になっていたし、
小説の「あらすじ」も知っていました。

私は終戦直後の昭和21年生まれです。
しかも両親が満州から引き揚げる途中に私は生まれたと聞いていました。

父親は軍の世話などをし、母親は看護婦とした満州に行っていたという事でしたが
私も子供の頃から戦争の悲惨さ等は、聞いたり何かで多少知ったりしています。

だから戦争に関する小説は読みたくないというのが正直な気持ちでした。

でも今回の百田氏の話は聞いて良かったと思いました。
彼の伝えたいという熱意も素直に私の心に入ってきました。

そして改めて戦争の悲惨さと、もう絶対に戦争はあってはならない事だと思いました。

『永遠の0』は映画化され現在放映中です。
娘もお正月明けに映画を見て「良かった~涙が止まらなかった、感動した~」と…
彼女は主演の岡田准一君のファンだという事もあり、見たようなのですが…(笑)

映画は大ヒット中だという事です。
ある意味、百田氏の「今の30~40歳世代に特に知ってもらいたいという」
思いは伝わったのではないかと思います。

最初、出版社にも苦労したと聞きました。
でも今回のテーマでもあった、50歳から新たな事に挑戦した百田氏の勇気を
素直に拍手したいと思った私です。



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