人力車の想い出。

2015.01.28.17:12

先日京都嵐山に行った時、人力車をよく見ました。
何台も私の側を通る人力車に20年近く昔のことを思い出しました。
平成7年の神戸の震災で義父が亡くなって約1年ちょっと過ぎた頃義母は肺がんだと診察され余命一年の宣告を受けました。

義父母夫婦はいつも仲良く色んな所へ旅行をしていました。
でも義母は私に「近いのに保津川下りはしたことないので一度行ってみたい」と…
そしてその頃、実母には軽い痴呆の症状が出ていました。
でもまだ2人とも足腰は健在でした。

私は娘に付き合ってもらって2人を連れて「湯の花温泉旅行」を計画しました。
嵐山を散策したり人力車にも乗り、その後トロッコ電車で亀岡から湯の花温泉、
そして翌日をは保津川下りする…というコースを。

不思議なものでいつでも渡月橋辺りでは「人力車を…」と声かけられるのに、その時は全くお声が掛かりませんでした(笑)
女4人で連だってキョロキョロ歩いていたかな?
仕方なく人力車に「2台お願いします」とこちらから近づき声をかけました(笑)

確か私の記憶では1台(2人乗り)30分単位の料金だったと思います。
人力車は気持ち良く竹林の小径からの野宮神社~落柿舎などを廻ったと…

俥夫さんは案内しながら一緒に見学も…乗り降りには優しく手を添えてくれるし…
母たちは大喜びしていました。
特に人懐っこい義母は俥夫さんにすぐに仲良くなっていました(笑)
みんなで写真を撮り合い、5人でも数枚記念撮影もしました。

約束の30分経った時、義母は「もうちょっと人力車に乗っていたい」と…
そしてその後も…母の嬉しそうな笑顔に結局2度延長しました(笑)
人力車に乗っているのが一番嬉しいと竹林の小径は何度か通りました(笑)

さすがに俥夫さんたちは私に「どうしましょう~?」と相談。
最初は散策後休憩を兼ねてどこかで甘いものでも食べてと思っていたのですが
私は人力車でトロッコの嵯峨駅まで行ってもらうことにしました。

確か人力車には2台分で4万円近く払った記憶があります(笑)
その時は2人の母と旅行するのは最後になるだろうと思い、私は財布の紐をかなり緩めました(笑)
2人は嬉しそうで子供のような笑顔だった事を今も覚えています。

やっと乗ったトロッコ列車にも2人は満足していました。
でもその時言った実母の「この電車で家に帰るの?」と言った一言にはみんなで大笑いしたことを今でも私は覚えています。
そしてトロッコの終着駅亀岡に着いた時、辺り一面にコスモスが咲いていた事も…
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ハッキリした日時は忘れましたが多分10月の中頃だったと思います。
もちろん翌日の保津川下りも、とても楽しんでくれました。
その旅行から帰って約一ヶ月後に義母は入院、そして年が明けた1月27日帰らぬ人となりました。

お医者様から聞かされていた余命一年にはまだ数ヶ月あったのですが…
そして実母もまもなく認知症がかなり進行して特別介護ホームのお世話になりました。

先日も竹林の小径を歩くと2人の顔が浮かびました。
昨日は義母の命日でした。
今回の嵐山では、なんとなく無意識に人力車の写真を何枚か撮っていた事を帰って画像整理して気づいた私です。

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未年は京都法輪寺からあそぼっ!

2015.01.24.16:55

昨日はサークル「京都であそぼっ!」の1月オフ会でした。
参加者4人が阪急嵐山駅に集合。

まず嵐山の中腹にある「法輪寺(ほうりんじ)」へ…
今昔物語・枕草子・平家物語などにも登場する由緒あるお寺です。
また「嵯峨の虚空蔵(こくうぞう)さん」の愛称で親しまれている法輪寺は 昔から行事として有名なのが「十三まいり」と「針供養」です。
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そして境内には虚空蔵菩薩が姿を変えたといわれる羊の像がまつられています。
参拝客は羊を触ることにより、智恵を授かっているのだそうです。
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羊?というか、ヤギにも見えなくないです(笑)
羊は虚空蔵の使いとして像が置かれているそうで、虚空蔵に背中で休んでもらおうと伏しているとか。
何となく優しい表情に見ているだけで癒されます。

雨が降ったり止んだりでしたが境内から渡月橋が見えました。
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その後私たちは渡月橋を渡りちょっと早めの昼食を済ませました。
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身体も温まりお腹いっぱいになった私たちは天龍寺の方向に…

昨日は閉ざされていた天龍寺の塔頭寺院のひとつ「宝厳院(ほうごんいん)」の前には、嵐山羅漢と称して、沢山の羅漢像が並んでいました。
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これは、宝厳院の呼び掛けで阪神大震災で妻を亡くした男性や、孫の成長を思う祖父など、各地の人々がそれぞれ思いを託して石仏を寄進したもので、嵐山の新しい名物になっているとのことでした。

次に天龍寺の前まで行った私たちですが4人とも何度も参拝もし、庭園も観ているということで素通り(笑)
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その後はしっかり歩いて「清凉寺(せいりょうじ)」へ…
京都府指定文化財となっている大きな山門(仁王門)は幅10余メートル、高さ18余メートルもあります。
両脇には朱色に塗られた阿吽二体の仁王像が構えています
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釈迦堂(本堂)(京都府指定文化財)
元禄14年(1701年)に、桂昌院の勧進で再建されたそうです。
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私たちは拝観料を払って堂内へ…
もちろん撮影は禁止でしたが 元祖おこもりの寺 開山にちなんだ国宝や重文がいっぱい。
この本堂に祀られている「三国伝来の生身のお釈迦さま」(国宝)は多くの人々の信仰を集めているという事です。

本堂の裏から用意されているスリッパを履いて渡り廊下へ出て庭園へ…
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庭園の放生池の向こう側には戦争犠牲者の霊を弔う忠霊塔弁天堂(摩尼殿)がありました。
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境内の多宝塔は元禄16年(1703)に建立されたもので、本堂や仁王門と共に京都府指定文化財となっています。
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清凉寺を後にした私たちは途中嵯峨野の雰囲気を味わいながら…
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やがて「落柿舎(らくししゃ)」へ…
落柿舎の名の由来は 江戸時代にある商人が落柿舎の柿を買う約束をしたところ、大風の ため一夜にして柿の実が全部落ちてしまった故とか・・・
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常寂光寺(じょうじゃっこうじ)へも・・・
京都でも有数の紅葉の名所ですが、この時期静寂の中に佇んでいました。
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雨も上がり私たちは気持ちよく嵯峨野めぐりを・・・
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「野宮神社(ののみやじんじゃ)」辺りになると急に人が増えました(笑)
やはり縁結び、子宝、学問の神様のいるパワースポットと言われるだけあります。
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「竹林の小径」もやはり人は多かったけど、ひんやり涼しく清涼感のある道をゆっくりと歩くだけで、 体と心を癒してくれるような気がしました。
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その後私たちは渡月橋の近くでティータイムをして、嵐山を後にしました。
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今年初めてのオフ会で、未年に因んだ法輪寺から始まった嵯峨野めぐりでした。
以前は、やはり紅葉の時期に訪れることが多かった嵯峨野でしたが、この時期雨が降ったり止んだりの中、ちょっと寒かったけど4人で楽しく歩き、気が付けば歩数計は13000歩を超えていました(笑)

企画してくれた管理人さん、参加された皆様ありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。


雪・雪・雪・・・

2015.01.20.17:11

私は以前から「雪の白川郷」を観ることに憧れていました。
とても良いお天気の一昨日やっと実現しました。

順調に時々雪景色を見ながら東海北陸自動車道を…
2度目の休憩の「ひるがの高原SA」ではかなりの雪が積もっていました。
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私はワクワクしながら、やがて駐車場になっている「せせらぎ公園」に到着。
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私の目にまず見えたのは合掌造りの何軒かのお土産物屋さん(笑)
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やがて庄川にかかった「であい橋」長さ107mのコンクリートの吊り橋です。
高さが結構あるため揺れますが、橋から見る景色は絶景でした。
すごい人でしたが耳に聴こえてくるのは、ほとんど他国語でした(笑)
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庄川は水が澄んでいてとても綺麗でした。
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向こうの方に合掌づくりの民家園が見えました。
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「秋葉神社」
藁葺きの家が多い白川郷の防火担当の神社ということですが…
鳥居しか見えませんでした(笑)
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幾つかの民宿もありました。
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足元が凍っていて滑るためゆっくり歩きましたが、とにかくすごい雪でした。
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白川郷内のマップは手にしていたのですが…
人気?のところは人が多く、その上すごく騒がしい光景が…(笑)
私たちはなるべく人が少なく自分たち好みの道を歩き、世界遺産に登録されている「 合掌造り集落」の雰囲気を味わいました(笑)
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当日は雪は降っていませんでした。綺麗な青空が広がっていました。
でも白川郷は雪に埋もれていました。
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途中、雪下ろしや雪かきをしている光景もかなり見ました。
日本有数の豪雪地帯で、日本の秘境といわれた厳しい気候風土のこの地域で長い間、豪雪に耐えながら合掌造りの民家の暮らしが営まれている光景を目の当たりに見たような気がしました。

数百年の時を刻む合掌造り家屋を中心に、村の暮らしを育む大自然と長い歴史と現代の生活が見事に調和している「生きている世界文化財」だとも感じました。

まさに雪の白川郷を堪能した私たちはこの日の宿の「新穂高温泉」へ…
道中、一層雪は深くなるように思いました。
庭園が自慢の宿の庭も雪に埋もれていました。
旅館の人の話では何年ぶりかの大雪だということでした。
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露天風呂からは北アルプスを眺めることが出来ました。
一度は入ったのですが、余りにもの寒さで外にでる勇気がなく、あとは内湯の温泉で何度か体を温めました(笑)
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翌朝、目が覚めると雪が降っていましたが「新穂高ロープウエイ」へ…
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展望台へは新穂高温泉駅から標高2156mの西穂高駅まで第1ロープウェイと日本初の二階建てゴンドラの第2ロープウェイを乗り継いで行きます。
でもこの日は悪天候のため第2ロープウエイは運休していました。
それでも第1ロープウェイでしらかば平駅(標高1308m)まで行きました。
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かなりの雪が降っていて見事な銀世界でした。
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足湯などもありましたが…さすがに誰も入っていませんでした(笑)
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又しらかば平駅内の2階には日本一高いところにある「アルプスのパン屋さん」 の存在を聞いていたので覗いてみました。
そして焼きたての人気第一位のクロワッサンと第三位の アップルパイ を買い家に持ち帰り食べましたが両方ともすごく美味しかったです。
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雪の白川郷へ行くのは私の夢でした。
おかげさまで、とても綺麗な白川郷を観ることができました。

でもあまりにも有名な地になりすぎて、予想していたとは言え外国人の観光客が多かったです。
正直騒がしすぎてちょっと雰囲気が壊れた部分も…(笑)

白川郷は初めてでしたが、高山や奥飛騨温泉郷には今まで何度か行ったことがあります。
でもこの季節は初めてでした。

私はいつも綺麗な雪景色に憧れていました。
そして今回予想以上の雪でした。
行きも帰りも車窓から私は周りの雪景色を楽しんでいました。
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道中運転してくださった方には、本当に感謝しました。
雪道は慣れているという事とスノータイヤの他にも完全な装備を車に準備して下さっていました。
そしてとても安全運転をしてくださいました。
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おかげで今までずっと憧れていた「雪の白川郷」を観ることができました。
でも途中事故の現場も見ました。
そして今回2日間雪景色を堪能しながらも、見ている分には綺麗な雪の大変さも知った私です。



紫式部ゆかりの石山寺へ…

2015.01.15.16:45

先日、毎月一緒に歩いている友達と初詣を兼ねて「石山寺」に行ってきました。 
JR石山駅から京阪に乗り換え「石山寺駅」へ・・・
電車を降りるとすぐに参道の表示がありました。
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左手に瀬田川を見ながらゆっくり歩いて10数分で「石山寺東大門」に…
東大門は1190年に源頼朝の寄進によって建立されたそうです。
門の両脇には仁王像を配し、歴史を感じさせ威厳と風格を備えています。
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東大門をくぐり、拝観料500円を払い境内へ…
本堂に上る階段付近には石の池があり、 たくさんの鯉が泳 いでいました。
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また島崎藤村ゆかりの家「蜜蔵院」もありました。
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長い階段を上がると「毘沙門堂(びしゃもんどう)」 滋賀県指定有形文化財 
堂内に兜跋(とばつ)毘沙門天(重要文化財)・吉祥天・善膩師童子(ぜんにしどうじ)の三体を祀っています。
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「御影堂」も滋賀県の指定文化財になっています。
簡素な感じのする建物で、外回りは後世の手が加わっているようであるが、内陣の須弥壇は室町時代の様式を示しているといわれています。
石山寺と関係の深い良辨、空海、淳祐の遺影が安置されているそうです。
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本堂が見えてきました。
本堂内は撮影禁止です。
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本堂は巨大な硅灰石(けいかいせき)「天然記念物」の上に建てられ、正堂(しょうどう)・合い間・礼堂(らいどう)からなる建物です。
1078年の火災で焼失した後、1094年に再建され、中には本尊の如意輪観音が安置されています。
合の間と礼堂は淀君からの寄進で1602年に建てられたものです。
また、本堂は清水寺や長谷寺などの観音霊場におおく使われている舞台造(ぶたいづくり)「懸造・かけづくり」でできています。

石山寺は紫式部が参籠して『源氏物語』を書きはじめたという事でも有名です。
慶長年間、淀殿の寄進によって改築された本堂(国宝)には、紫式部が世界最古の長編小説『源氏物語』を起筆したという「源氏の間」があります。
各時代にわたり、石山寺に『源氏物語』起筆の跡を訪ねて、その心寄せを歌や文章にとどめた人々が絶えることはなかったようです。
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そしてこのような『源氏物語』にちなんだ作品は石山寺に襲蔵され、その一部を石山寺の宝物とともに、毎年春と秋に開催される「石山寺と紫式部」展で紹介されているということです。

多宝塔 (国宝)、鎌倉時代初頭、日本最古の木造多宝塔
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建久5年(1194年)に源頼朝が寄進したと伝えられる日本最古の多宝塔
均整のとれた優美な建築で、内部の柱や天井の廻りなどには仏像や草花などの絵が描かれているそうです。

本堂でお参りした後、私たちは入口で頂いた境内図を見ながら広い境内を散策しました。
花の寺としても有名なところですがやはりこの時期はちょっと淋しかったです。
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でも梅林で梅の木に近づくとしっかり蕾も確認することができました(笑)
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また境内には石山の由来となる、珪灰石の奇岩もありました。
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石積みの庭園
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気が付けば本堂の屋根が下に見えました。
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また境内の高台からは遠くに雪を被った比叡山が見えました。
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出口に近いところには「54歩で読む源氏物語」の会場がありました。
会場は石山寺淳浄館。拾翠園というお庭の中にあります。
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勿論私たちは貸切状態の会場に入りました。(会場内は撮影禁止です)
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場内の展示は、石山寺所蔵の「源氏小鏡」の挿絵54枚にあらすじがついており、 「桐壺」からはじめて1歩ずつ読み進め、「夢浮橋」までたどりつくと、 長くてわかりづらいと思われがちの『源氏物語』がたった54歩で「完読」できるというもの。
挿絵にも説明がついているので、誰にでもわかる内容になっていました。
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ふと気が付くと時間は午後1時半を過ぎていました。
私達は3連休明けということで閉まっていたお店が多かったのですが、やっと見つけた門前の1軒のお店でこの辺りの名物でもあるしじみごはんを食べました(笑)
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お腹一杯になった私達は石山寺駅まで青空の下、瀬田川に沿って歩きました。
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近江八景の一つにもあげられ、石山寺からの琵琶湖、瀬田川の景観は定評があります。
源氏物語縁の地としてや、多くの文学の舞台にもなった場所で知られています。

私は石山寺へはかなり昔行った覚えはあるのですが、今回は人も少ない境内をゆっくり周り、歴史ある石山寺で定評の景観も文学の舞台になった雰囲気も味わうことができ、お天気にも恵まれ、とても良い一日を過ごすことができました。





ララ♪初詣ハイキング

2015.01.12.16:58

昨日はサークル「ララ♪ハイキング」の初詣オフ会でした。
参加者8名が地下鉄「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」に集合。

まず聖徳太子由来の日本仏法最初の官寺である「四天王寺」へ…
「和宗 総本山 四天王寺(わしゅう そうほんざん してんのうじ)」は『日本書紀』によると、推古天皇元年(593)に聖徳太子によって建立されたといわれています。
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亀ノ池(この時期亀を見ることはできませんでした)
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石舞台は元和年間(1615~24年)に作られて重要文化財でもあり、住吉大社の石舞台、厳島神社の平舞台と並ぶ、「日本三舞台」の一つでもあるということです。
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五重塔(本瓦葺、鉄筋コンクリート造、高さ39.0m)
昭和34年(1959年)に再建され、飛鳥時代の姿を再現したものだという事。
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西大門は極楽浄土の入り口である「極楽浄土東門」へ通じる門ということで「極楽門」と呼ばれているそうです。
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アベノハルカスも見えました(ちょっと面白いコラボかな?)
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総面積3万3千坪(約11万㎡)を有する境内には、創建当時(飛鳥時代)の様式を忠実に再現しており古代の建築様式が今も残っていました。

次は茶臼山(真田幸村陣跡)へ…
私は天王寺公園には何度か行っていますがここまで足を伸ばしたことはありませんでした。
大坂夏の陣における真田幸村公、最期の陣、茶臼山 ひっそりとしていました。
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その後天王寺駅から阪堺電車で東天下茶屋駅まで行き
まず安倍晴明神社(あべせいめいじんじゃ)へ…
住宅街のど真ん中んいある神社で、 一条天皇の 命により寛弘2年(1005年)安倍晴明誕生の地に創建されたと伝えられています。
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そして次は50mほど離れた 阿倍王子神社(あべおうじじんじゃ)へ…
熊野詣が流行した平安時代に、九十九王子の第五王子社と呼ばれた神社(順番は時代とともに変化し、現存としては第一王子)。
「王子」とは和歌山県の熊野大社の末社という意味で、京都から摂津、和泉を経て熊野に至る街道の途中に、休憩と遥拝のために設けられたお宮のこと。
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境内には大阪府指定保存樹のクスノキが3本 と楠木(くすのき)2本、榎木(えのき)1本ありましたがとても大きすぎて写真には上手く撮れませんでした。

再度チンチン電車に乗り住吉鳥居前駅まで行き住吉大社へ…
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私が子供の頃から初詣といえば「すみよっさん」と大阪の人は口をそろえて言っていたような気がします(笑)
三が日の参拝客数は、毎年200万人を超えているということです。

「住吉反橋 」太鼓橋 (たいこばし) とも呼ばれ石の橋脚は 淀君が奉納したものであるといわれております
今年も三が日は太鼓橋は混雑で一方通行になり渡るのに、かなり時間がかかったと友達から聞きました。
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昨日もかなりの人出でした。
ここで8人は待ち合わせ時間と場所を確認して自由行動にしました。
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現在ある本殿は全て1810年(文化7年)に造られました。
第一本宮から第四本宮にいたる4棟の御本殿は「住吉造」と称し、神社建築史上最古の様式の一つといわれ、いずれも国宝建造物に指定されています。
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「住吉造」とは屋根 檜皮葺 (ひわだぶき) でできており、直線的な屋根で切妻造りです。
棟の両側に流れる2つの斜面は、書物を開いたようにも見えます

私は本殿にお参り後以前から気になっていた大歳社にある「おもかる石」を…
垣内の玉砂利から「五」「大」「力」と書かれた3つの小石を探しました(笑)
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なんとか3個をゲットし、石を入れるお守り袋を300円で買いました(笑)
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「五」「大」「力」それぞれの石を揃えてお守りとして持っておくと体力・智力・福力・ 財力・寿力を授かるということです。

しっかりお参りを済ませた私たちは市バス安立(あんりゅう)1バス停から ニュートラム住之江公園駅~ トレードセンター駅へ…
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最初はWTCコスモタワー48階ワールドビュッフェレストランで昼食を予定していまいたが、当日は団体の貸切ということでした。
私たちは2階のお店で昼食を済ませ展望台へ…

シースルーエレベーターで、52階まで一気に上昇し、53階からはエスカレーターで展望台へ。
そこは地上252m、360度全面ガラス張りの壮大な景観が広がるパノラマ展望スペースになっていました。
淡路島、明石海峡大橋、関西国際空港などが一望できました。
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朝見たアベノハルカスも…
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展望スペースの中央には、喫茶室が設けられていました。
私たちはオーシャンビューを満喫しながらゆっくりティタイムをすることができました。

現在の名称大阪府咲洲庁舎(おおさかふさきしまちょうしゃ)となった「WTC」
旧名称は、大阪ワールドトレードセンタービルディング。
平成22年度予算が議決後、2010年6月1日に大阪府に譲渡されました。
私はかなり前ですがここで夜景を楽しみながら何度か食事をしたこともあります。
レストランも二つの階に何軒かあった記憶があります。
でも今は48階には「ワールドビュッフェレストラン」一軒だけだということを聞きちょっと残念でした。

同じ南港にある「ATC(アジア太平洋トレードセンター)」は大規模複合施設で大型ショールームやアウトレットもあるので
昨日は3連休ということもあり、かなりの人出でした。
またインテックス大阪などでイベントも開催されていたようで帰りのニュートラムや地下鉄は通勤電車並みの混雑でした(笑)

でも四天王寺~茶臼山~安倍晴明神社・阿倍王子神社~住吉大社とたくさんの神社仏閣を初詣参りをして、WTCでは高さ252mから360度のパノラマを展望できました。
私は歩数計は携帯していませんでしたが、メンバーの一人が10000歩を超えたと…(笑)

きっと今年もサークルは発展することでしょう。
今回お世話くださったYさん、参加された皆様ありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。



役に立って嬉しいです。

2015.01.08.16:57

今日から子供たちは三学期がスタートしました。
また、ランドセルを背負って元気に登校する小学生の姿を見ることができます。

ランドセルといえば孫から先日ある話を聞かされました。
「ばあちゃんに貰ったランドセルをアフガニスタンへ送ったよ~」と。

「え~あの古い物を?どういうこと?」と聞くと…
横にいたママが詳しく私に説明してくれました。
国際協力NGOのジョイセフ(公益財団法人)を通じて「想い出のランドセルギフト」という企画に応募したということでした。

小学校を卒業して2年間は,やはり孫には思い出のあるランドセルなので大切に保管していたそうです。
でも中学3年生になった昨年の春、新聞で企画を知って家族で話し合って応募したと…

私が一瞬「寄贈するのに、こちらから応募して送金までするの?」と聞くと…
まず「ジョイセフ」にランドセル海外輸送費として1800円を寄付として送金確認されたその後横浜の倉庫にランドセルを送るという事です。
輸送量・送料は寄付として応募者が負担するということです。
私は聞いて納得しました。

孫たちが賛同した企画「想い出のランドセルギフト」とは、使われなくなったランドセルをアフガニスタンに寄贈し、子どもたち、特に教育の機会に恵まれない女の子の就学に役立てる活動で、子どもたちが学校で学び、読み書きができるようになることで、自分や家族の健康を守る知識や情報を身につけられるようになることを目指しているという事。

私は家に帰ってから「ジョイセフ」について検索してみました(笑)

・ジョイセフ(公益財団法人)とは、途上国の妊産婦と女性の命と健康を守るために活動している日本生まれの国際協力NGOだという事です。
・戦後の日本が実践してきた家族計画・母子保健の分野での経験やノウハウを途上国に移転してほしいという国際的な要望を受け、1968年に設立されました。
・ 国連、国際機関、現地NGOや地域住民と連携し、アジアやアフリカで、保健分野の人材養成、物資支援、プロジェクトを通して生活向上等の支援を行っています。

又「想い出のランドセルギフト」は2004年に始まり、日本での役割を終えたランドセルをアフガニスタンに寄贈し、子どもたち、特に教育の機会に恵まれない女の子の就学に役立てる活動は今年で10年目。
この10年間にアフガニスタンでランドセルを受け取った子どもたちは、合計124997人にもなったということです


そして下記のような分かりやすい説明をしていまいた。

・ アフガニスタンでは、学校に行けない女の子がたくさんいます。
・ 日本から贈られたランドセルは、子どもたちが学校へいくきっかけになり
・ 女の子が男の子と同じように学校に行けるようになり読み書きができるようになり
・ 健康を守る知識を得られるようになります
・ 将来妊娠、出産するときがきても読み書きが出来れば
・ 保健や衛生に関する知識や情報を身につけられ
・ 赤ちゃんを安全に産み育て、自分と家族の命と健康を守ることにつながるのです。


なお今回2014年度の回収は終了、次回は今年2015年春に予定しているとの事

私は「ジョイセフ」や「想い出のランドセルギフト」という言葉を初めて知りました。
そして「アフガニスタン」といえば、世界最貧国の一つであり、長年続いた紛争によって多数の難民が発生したことや今でも不安定な治安情勢であることぐらいしか私には認識がありません。

小学校の入学祝いに私が贈ったランドセルなので先日話してくれたのでしょう。
勿論私も賛成ですし、孫が6年間使ったあの赤いランドセルが役立つことができたのならすごく嬉しいです。
でもアフガニスタンの女の子のことを思うとちょっと切ない気持ちもします。

正直孫は私の目から見ても一人っ子でチョッと甘やかせて育っているかも…
特にパパはかなり甘いです(笑)
でもこの機会に世界の色々恵まれていない子供たちの実情を少しでも知ることができ、良かったのではないかと思った私です。


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一枚の年賀状に…

2015.01.05.16:51

私は今年も3日にゆっくり届いた年賀状を見ました。
年々賀状の枚数は減っています。

私自身も最近では30枚を用意するだけです。
賀状を出すのは親戚関係が殆んどで、友達とはお互いメールや電話で新年の挨拶をする人が多くなっているので賀状の枚数は減っています。

それでも甥っ子や姪っ子達が子供の写真を添付した賀状には毎年成長が見ることができて思わず嬉しくなります。

でも私は毎年真っ先に確認する一枚の年賀状があります。
それは、カラフルな年賀状の多い中、ほんとシンプルで定番の新年の挨拶を書いています。
でも必ず手書きで「〇〇ちゃん元気に暮らしていますか?」…と補足してくれています。

賀状の差出し人は17年前に別れた元主人の従兄弟夫婦です。
年齢は碓か私より10歳以上年上だったので80歳代にはなっていると思います。

子供はなかったけど、とても仲が良い夫婦というのだ私の初対面の印象でした。
私が結婚した当時は何度かお宅にも遊びに行かせてもらいました。

御主人は紳士服の仕立て職人で、奥様も手伝っていました。
当時御夫婦は義父母を慕っており、親戚の中でも一番親しくしていました。
私も「おじさん、おばさんにはお世話になった」という言葉を何度か聞いていました。

私の今住んでいるこのマンションにも「仏壇にお参りしたいと」来たこともあります。
何年か前までは賀状には「元気に暮らしていますか?いつでも遊びにおいで!」との私を案じている気遣いも書かれていました。
でもさすがに最近では「元気に暮らしていますか?」だけですが…(笑)

勿論私も毎年年賀状は出しています。
「お元気ですか?ご無沙汰していますがおかげで私は元気に過ごしています」などと書き添えて…

お住まいは30分もあれば行ける距離です。
毎年私は年賀状を見て「一度会ってみたいなぁ~」とも思うのですが…
中々実行はできません。

でも毎年交換する年賀状では一年に一度のお互いの元気を確認しています。
最近では年々少なくなっていく年賀状ですが…今年も御夫婦からの賀状に「やっぱり年賀状は良いなぁ~」と思った私です。 

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今年も穏やかで温かく…

2015.01.03.17:16

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

新年が明けて早3日目です。
私は今年も年末から津の息子宅へ行き、昨日帰ってきました。

31日津駅に迎えに来てくれた孫を見た瞬間私はビックリしました。
日焼けしてあの真っ黒だった顔も少し白くなり何となく女の子らしくなっているように見えました(笑)

昨年の夏で部活のソフトボールを辞めたからかな?
ママに聞けば食事の量も減ったということでした。
髪の毛もショートから少し長くなったし、身体も少し細くなったような…(笑)

そして何となく今までよりは落ち着いているように私には見えました(笑)

大晦日には4人で年越しそばを食べました。
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(おそばにトッピングする天ぷら)
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(ちらし寿司をサーモンと玉子で包んで…) どれも全てママの手作りです。
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元旦はお雑煮で祝った後、毎年行く近所の神社へ初詣。
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その後、今年もママ手作りのお節で祝いました。
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お昼2時半すぎだったと思うけど雪が舞いました。
あっという間に周囲が白くなり、嬉しくなった私は庭に出ました(笑)
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雪はしばらく降り続き、暖かい部屋から観える景色は綺麗でした。

いつも仕事で海外へ行くことも多いパパも今年は年末からいつも一緒でした。
4人でいろんな話も出来ました。
テレビの話題、目指す高校、時には「アベノミクス」や「円高・円安」についても…(笑)

今回私は聞いている方が多かったけど…納得したりちょっと可笑しかったり…
確かに机の前には座ってなかったけど…孫には勉強だったかも?…

パパはしっかりみんなのいろんな質問にも応えていたし…
ママはみんなのために一生懸命、今年も料理を手作りし…
孫は女の子らしくなっていたし…(笑)
私は久しぶりに見る息子一家の様子が嬉しかったです。

ただ大晦日も元旦も孫が受験勉強している姿を見ることはできませんでした(笑)
テレビを見たり、ゲームはしてたけど…(私も少し一緒にしましたが…(笑))
私は「勉強はいいの?」と何度か聞いたけど…
両親は一度も勉強しなさいとは言いませんでした。

息子夫婦が言うには受験生でも年末年始ぐらいはゆっくりすれば良いと…
むしろそのほうが良いのだとも…
でも2日の朝には特別講習を受けるため孫はパパの車で塾へ行きました(笑)

孫は昨年までは元旦には早速お年玉を持ってショッピングモールなどへ行きましたが今年は卒業したようです(笑)
でもそのうちにお年玉で好きな歌手のCDやグッズなどを買うようですが…

今年は未年です。
モコモコと 群れをなす羊は、家族の健康と安全を示し、いつまでも仲良く平和に暮らす事を意味していると聞いたことがあります。
そして家族の安泰や平和をもたらす縁起物とも…

今回雪も降りとても寒い3日間でしたが、おかげさまで上げ膳据え膳でゆっくり過ごすことができました。
そして今年も息子家族が羊のように穏やかで温かく暮らしてくれることを願って帰ってきた私です。










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